RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

それでも人生にイエスと言う

毎月参加している博多非凡塾に今月も参加してきました。
今回は「それでも人生にイエスと言う」
この本は、著者のV・E・フランクルさんが1946年に行った講演をもとにしたものです。
フランクルさんは、1905年生まれの精神科医。
第二次世界大戦中に
ナチスによって強制収容所に送られた経験をもとに書いた『夜と霧』は、
20世紀を代表する本の一冊とされています。
夜と霧は何度も繰り返して読んだ本で
生と死についてや人の生きがい、意味など深く考えさせられることがたくさんありました。
講演をもとに書かれた「それでも人生にイエスと言う」は
その経験を1年後にまとめたもので、新たに気づかされたことがいくつもありました。
このタイトルで「それでも」とあるがそれには重たいものが詰まっているように感じます。
時代の背景や環境で大きく異なるからです。
それでもフランクルさんが自分の経験を伝えると決めたのは、
環境が変わっても共通して闘わなければならないものがあったからだと思います。
それは共通しているものは何でしょうか?
強制収容所の中で生き残った人とそうでない人の違いをフランクルさんは
自分の人生に意味を見出し続けることができたかどうかという点があったと私は思います。
それは現在も国籍関係なく人には同じことが言えます。
退職した時、
人生を共にしていたパートナーの死、
自分のやりたかったいと思っていたことが成し遂げることができないと分かった時、
人は死を選ぶ確率が上がるそうです。
本の中にもありますが、
収容所でクリスマスの時期が死者数が多くなるという現象が起きていた理由として
クリスマスには家に帰ることができるというキリスト教信者の心情が
死に大きく関わっていたそうです。
自分の人生に意味を見いだせるか、また持ち続けるかどうかは
人生に大きく影響することだとわかります。
またどのような人であるはもっと大切です。
僕は今福祉の分野に自分の生きる意味を見つけ挑戦しています。
障がいのある方が働くことで生きがいを見つけ一緒に社会を活性化させていくこと。
高齢者の寂しいという気持ちを取り除くことで認知症や自殺の選択を
サービスを展開することで生きがいの一つを見つけてもらえるようにしていきたいと思います。
そのためにも、もっとひろい視点で物事を見なければなりません。
だから北欧のデンマークに行き、福祉や教育制度や現場の人たちの話を聞き
仕組み自体について考えていきます。
どんなときでも奢らず、ココロの声に耳を傾け続ける人間でありたいと思います。
人が人生に問うのではない。
人生が人に問うのである。
これまでの自分の経験が僕を突き動かしていると感じています。
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