RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

僕たちはどこに進むのか?障がい者の歴史から学び福祉の未来を考える

課題を解決しても
また新しい課題は生まれてくるものだ。

技術は確実に進歩しているのだけど
だからと言って人の心が比例して
豊かになっているとは断言できない。

人と人とがSNSなどでつながりやすくなったのに
近くにいるのに会話ということもあるのだから。

だからと言って
進歩を止めることなどできない。

僕は今ある幸せを感じながらも
進んでいくことがなんだか大事だと思っている。

「福祉は問題ばかりだ。」

テレビのコメンテーターは、そう言うけれど
障がい者福祉は着実にプラスへと動きつづけたと思う。

それは歴史上に残る誰かが改革したからではなく
多くは、当事者たちが行動しつづけたからだ。

今回は歴史を振り返り、
そのあと未来がどう進んでいくか考えてみたい。

 

援助などなかった時代

障がい者福祉の歴史は
戦後少尉軍人の訴えから始まった。

戦時中に傷を負った人に対して
GHQが支援を打ち切ったのだ。

その後、ヘレンケラーが
来日し歴史が変わった。

1949年に身体障がい者福祉法が制定される。

身体障がいのみを対象とした法律だ。

ただ、更生の見込みのない人は
該当しないと言われている。

 

同じ人間として扱われなかった時代

障がい者の人たちの集まりを
作ろうとして動いた人がいた。

当時、首輪をされていた人もしたという。

人間として見られていなかったのだ。

高度経済成長の時代
親たちが立ち上がる。

最初は相手にされなかった。

厚生省に訴えた時に、
役人は社会に貢献できない人には
お金は払えないと叫んだそうだ。

作家が新聞に書いた記事から国が動き
海外を真似してコロニーが立ち上がる。

誰でも受け入れる施設だ。

しかし山奥などにある
郊外などに建設された。

コロニーに行くことは
両親や故郷との別れともなった。

さらに、行くことができたのも
まだ全体の3%で
子どもを殺す親も現れた。
刑も軽く見られていた。

施設を作ったが
施設は障がい者のゴミ捨て場だ!と
当事者から言われるようになる。

ノーマライゼーションの考え方が入ってくる。

どのように地域で支えるか?

今となっては地域でそのように共存していくか?

活躍していけるのかという視点で
社会で動き出している。

 

これからの障がい者福祉

僕が福祉業界で感じるのはシステムが良くても
信頼関係や理解がなければ機能しないということだ。

これは福祉の分野だけではないんだろうけど。

いま、知的障害・精神障害・身体障害・発達障害と
障がいはカテゴリー化されている。

これまで身体障害以外の障がいは特に避けられていたけれど
街でも仕事場でも活躍の場が増えてきている。

それは障がい者という言葉で人を一括りにせずに
個人として接し、
関わる体制が作られてきているからだろう。

誰もが分け隔てなく出会う社会へ

ブラインドサッカーなど
同じ条件で競技するニュースポーツを体験すると
関わることでそんなに変わらないと気づく。

音楽やスポーツそして芸術など
壁を越えやすいところから僕はアプローチしてきたいと思っている。

そして仕事を通じてちょっとずつ
誰もが分け隔てなく出会う社会へシフトしていくはずだ。

実際に福祉が進んでいるデンマークでその姿を見てきた。

実現はできるはずだ。

そんな未来と早く出会えるように
僕は動きたい。

1月4日の仕事初めにスタバで決意していた。

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