RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

「ないものはない」で有名な海士町を視察して見えてきたこと

皆さんは、海士町という町を知っていますか?

海士町は、島根県の「ないものはない」で国内だけでなく国外からも注目を集めている離島のなかの町。

以前、ローカルモーカルという西粟倉村で海士町にある学習センター長の話を聴いたこともあり気になっていた場所です。

先日、その海士町に鳥取の若手メンバーで視察しにいきました。

鳥取の米子からフェリーで約3時間。

割と遠いと感じるところでしたが、たくさんの気づきを得られる機会となりました。

今回は、海士町で見て聞いて知った海士町の素晴らしい取り組みを紹介します。

海士町魅力化プロジェクト

海士町は数年前、危機を迎えていました。

1950年(昭和25年)には約7000人いた人口が、約2300人にまで減っていったのです。

人口減少に伴い、入学生の数が高校を存続する人数に満たなくなる廃校寸前まで追い込まれていきました。

高校がなくなると、更に家族が離れて人口減少は免れなくなる。

そこで希望を見出すために島前3町村が協議し活路を見出したのは教育でした。

生徒が行きたくなる、保護者が行きせたくなる、地域が活かしたくなる、そんな「魅力的な学校をつくる」こと。

これが注目を集めるキッカケとなる原点となります。

その教育の取り組みが功を奏して今ではV字回復。

県外から家族で移住する人も増えてきているそうです。

「ないものはない」と高校生が語る

実際に、今回の視察では高校生と寮で話す機会がありました。

そこで高校生が語っていた言葉があまりにも衝撃でした。

やりたいことが見つかる理由は、ないものはないから。

ないものはないという意味には2つの意味が込められています。

働いている人に会いたければ、農家さんも漁師さんもいる。

公務員で働いている人も福祉に携わる人にも会える。

さらには、インターネットを活用すれば、海外にもつながることができる。

私が高校生のときは、家族や学校の先生以外で校外の人とつながる機会なんてありませんでしたが、海士町では日常に溶け込んでいました。

自分にできなければ頼ればいい

さらには島前高校に通う寮生は、学校だけでなく寮でもプロジェクトを立ち上げています。

それは、誰から言われることなく自分がやりたいことがあれば立ち上げてLINEで仲間を募るのです。

そして、ホワイトボードに書き込んでいきます。

赤が実行中。緑が企画段階。

掛け持ちしている人は、なんと10個ぐらいのプロジェクトに関わっているとか。

どんなプロジェクトがあるのか。

例えば畑を作ったという話。

私が高校のときは、将来やりたいことなんてしっかり考えたことがありませんでした。

それに、ただただ学校が用意してくれている授業を受けるものがほとんどでした。

主体的に動く機会といえば、文化祭と体育祭ぐらい。

その学校生活に満足していたので不満はありません。

ただ、いまの高校生なのか海士町の高校生が凄いのか調べてみないとわかりませんが主体性に驚きました。

あるものに目を向ける

海士町にはショッピングモールもコンビニもありません。

簡単にも遊園地などのレジャー施設も。

それでも、ないものに目を向けるのではなくあるものに目を向けると資源はいくらでもあるのことに気付かされます。

海士町には、近くには海があり、山があります。

そして、自分たちのことを応援してくれている大人も。

それは海士町が特別なのでしょうか?

他の都市と比べるのではなく、いまある良さに気づき引き伸ばすことが大切なのかもしれません。

今、自分がいる場所に脈々と受け継がれてきたものは何があるでしょうか?

一泊二日だけだったので、まだまだきっと一部ですが収穫がいっぱいでした。

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