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アートとは何か?マルセル・デュシャンと千利休の共通点を探る@東京国立博物館

先日、東京で友人の結婚式に参列してきました。

そのときに立ち寄った場所が東京国立博物館で開催されていたマルセル・デュシャンと日本美術というテーマで特別展です。

さすが東京!

と思ったのは、開演前からチケット購入窓口には長蛇の列。

駅でチケットを購入しておいてよかったとつくづく思いました。

ほとんどの作品が撮影可。

さらには、作品の解説は「33Tab」というアプリでダウンロードして聴くというもので画期的でした。

麒麟の川島さんとインパルスの板倉さんなど芸人さんが事前に作品を観て、

大喜利を収録したものも聴くことができるのです。

ほんと笑いっぱなしだったので、アプリを聴いていない人からすると不審者だったと思われたかもしれませんw

何よりもデュシャンという人物のアートの向き合ったうえに生まれた作品が新しい気づきがありました。

今回の特別展の問いである、便座と花入れの共通点は?

についても考えることができたのです。

今回は、デュシャンがどのような人物なのか?

そしてデュシャンと千利休の共通点を探っていきます。

デュシャンってこんな人

皆さんは、マルセル・デュシャンという人物をご存知でしょうか?

デュシャンは、20世紀の芸術に衝撃を与えた作家と言われています。

ではどのような作品を世に出し、影響を与えたのでしょうか?

便器は作品と呼べるのか?

デュシャンのなかで有名な作品として挙げられるのは、「泉」という作品でしょう。

デュシャンは、既成品の男性便器にサインをして偽名を使って応募したのです。

この応募によりスキャンダルとなり、アートに衝撃を与えました。

果たして、この作品をアートと呼べるのか?と。

この作品の凄いところは、当時有名になっていたデュシャンの名前ではなく

無名のアーティストとして応募したことです。

デュシャンが出したとなるとバイアスがかかってしまいますが、

無名な作家の作品だったということで真意を問うことができたのです。

ホモ・デウスで紹介されていますが、

中世では、人間の音楽は宇宙の聖なるメロディを忠実になぞるべきであり、

生身の作曲家の考えや気まぐれを反映すべきではないとされていました。

作家もしかりです。

なのでその時の時代から自分の感性や考えでこのような作品を世に出すことは、

決して考えられない手法だったわけです。

レディメイドという発想

このような既製品に意味やメッセージを与えて作品とすることをレディメイドと呼びます。

他にも自転車の車輪や食器乾燥機を作品に見立てました。

食器乾燥機においては、自分で作るのではなく別の人に購入させてサインまでさせています。

食器乾燥機は、食器を乾かす道具という観点でしか見えなかったものに

別の角度から観ると美しいよと提案したのです。

これは、「芸術」でない作品を作ることができようかという問いへの答えでした。

僕は、これまでモノの美しさを問うことなんてありませんでしたが、

きっと決めつけによって見過ごしてきた美しさはあったかもしれないなと気付かされました。

千利休との共通点

驚いたのは、千利休の思想と似ているということ。

デュシャンの生まれる350年前に同じような手法を取り入れていたのです。

竹をカットしたものを花入と見立て、周りに衝撃を与えたわけですね。

他にも花瓶に水だけを入れて、花を入れずにいれたことでその空間に想像することを委ねる作品も出したと言います。

アートとは何か?

アート・芸術というと人が手を加えて、良い絵や彫刻を作るものという認識でした。

でももしかしたら、私達の身の回りはアートで溢れているのかもしれませんね。

きっとまだまだこれからいろんなアートの在り方が生まれるかもしれませんが、

大事なことは、これがアートですよ。

と言われたことを鵜呑みにすることなく、自分で考えて見つけていくことでしょう。

皆さんはアートとは、芸術とは何だと思いますか?

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