RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

親が子離れできないと課題はいつまでも見えないまま。共依存しないために一歩踏み出そう

〜前回までのあらすじ〜

僕は今、「誰もがいきいきと暮らせる町を目指して」という人権に関するテーマで執筆の依頼を受けている。

誰もがいきいきと暮らせている状況を描くためにはどうしたらいいんだろうか?

という問いに対して、考察していく。

切ない母の願い

僕が、大学生の時に福祉の道に進もうとおもったキッカケの一つ。

それは、障がいのある子がいるお母さんの講演だった。

社会の厳しさを嘆いたあとに、

「将来が心配で、この子が一日早く死ぬことを願っていたことがある」

と言う話を聴いた。

子どもは、まだ生きたいかもしれないのにそれって親のエゴじゃないかと思った。

過保護が自立を遠ざける

大学でそれから現状を調べていくと大きく2つに分かれると知った。

なんでもかんでも心配で手を差し伸べてしまい過保護となってしまうケース。

そして、面倒なことを嫌い、放置してしまうケースだ。

放置は論外として、過保護も危険だ。

着替えるのも、服も全て親が決めてしまう。

本人が意思決定することなく何もかもやってもらうと

親がいないと何もできなくなってしまう。

過保護が自立を妨げてしまう。

無限で抽象的な不安から有限な課題へ

親が子どものことが心配という気持ちは、

まだ子どもを育てた経験のない僕には想像してもきっと届かないだろう。

だけど、熊谷晋一郎さんが経験したことが綴られている記事をぜひ一読していただきたい。

脳性麻痺があり、親から愛情を受けて健常者の社会で生きるように大切に育てられ

それから一人暮らしを初めた時に、気づいたことが僕にはすごく真新しかった。

これは障がいの有無関わらずだけど、できない理由を無限に考えてしまう。

無限で抽象的な社会を描き、この子だと私がいないと生きていけないと決めつける。

だけど、実際に生活し始めるとできないことがハッキリと見えてくる。

それだけじゃない。

できることもわかるのだ。

そして具体的にどうすればいいのか一つずつ解消していくと自立の道が見えてくる。

トイレに行く、外出する、あったかいご飯を食べる、お風呂に入る、お布団で寝る…これくらいが満たされていれば、だいたい生活は事足りるんですよね。つまり、解決すべき課題は、無限なんかじゃなく、片手でおさまるぐらいしかなかった。

じゃああとは、ゲームをクリアするように一つずつ課題をこなしていけばいい。するとだんだん、楽しくなってくるんです。

最初は怖いかもしれないけど、親が子離れしないと自立する機会はどんどんなくなっていく。

若いうちにチャレンジしていった方がそれだけ、失敗することができるのだから。

味方はお母さんだけじゃない

熊谷晋一郎さんが、トイレで困った時に沢山の人が手を差し伸べてくれたと語っている。

お母さんは私がやらないと誰も助けてくれないと思っているかもしれないけど、

世の中には助けて欲しいと声を出せば、助けてくれる人がいる。

一歩踏み出すのは怖いと思う。

だけど、何もせずに共依存を続けて、誰にも依存できない方が怖くいだろうか?

自立とは依存できる人や場所を増やすこと

誰かから聴いた言葉で、本当だなと共感した言葉がある。

それが、自立は依存できる人や場所を増やすこと。

人は1人じゃ生きていけないんですよ。

誰かから時には助けらて誰しも生きていく。

それは何も恥ずかしいことじゃない。

ごく当たり前のこと。

1人だけに依存してしまうと、その人なしじゃ生きていけない。

だけど、それがいろんな人や場所に知ってもらっていけば、生きていけるかもしれない。

そのためには、やっぱり家族以外のところに飛び込んでいかないとできないこと。

時には怒られたりすることもあるけど、それも一つの学びとして捉えたらいいんですよ。

失敗なく生きていける人もそんなにいないんですから。

誰もがいきいきして暮らせる場所をつくるためには、

そういったチャレンジしようと飛び出した人の気持ちをくじかない環境を作ることが必要だと考えています。

悲しいことに私利私欲に走り、不正なサービスを提供している事業所がまだ後を立ちません。

そんな事業所が何も言えないぐらいに良いサービスを作り基準を上げていくことが、

僕たち福祉に従事する人たちにできることでしょう。

あとは、働いて適正な給与がもらえるような環境を作ること。

何か一歩踏み出そうと思っていただけるキッカケになれば嬉しいです。

Photo by Mikito Tateisi on Unsplash

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