RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

「正しさ」の基準って何だろう?自分の判断基準について考える

人は何かの物差しで判断し、日々生活している。

そこには判断する基準があるのだ。

自分にとって良い人生にしたいと願うなら、日々良い判断をしていく必要がある。

ではその良いとは何があたるのだろうか?

今回は、正しさの基準について考える。

「正しさ」の価値・基準は生まれた国や文化、宗教で違うと誰かが言っていた。

だから戦争は起きるんだって。

ガンダムなんて以前はアムロが正義でシャアが悪で倒しにいくアニメだと思っていたけど

全然違っていた。

実際には、どちらも正義だと思って戦いる物語だった。

正しさってジャッジが難しい。

歴史を見ても勝者が正義となりがちだと感じる。

それでも自分のブレない正しさは持っていたい。

正しさって何を基準に決めるのだろうか?

誰かがそれで悲しむか悲しまないか

2006年より約9年間『暮しの手帖』の編集長を努めた松浦弥太郎さんは、

『正しいことの指針は、誰かがそれで悲しむか悲しまないか。

大切な人を傷つけないことが、正しいことだと気づいた。』

と、言った。

この言葉、僕はとても共感した。

孔子の教えにある

『自分がされたくないことは、他の人にもしてはいけない』

も、近いところがある気がする。

僕は自己中心的な考え方が先行して誰かを悲しませることはしたくない。

その判断は自分よがりで誰かが悲しむことにならないだろうか?

行動する前に、もしくは行動しないと判断するときに問いかけてみたい。

皆さんの基準は何だろう?

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