RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

夢を語るときに僕が振り返ったこと

先日セミナーで学生さんに向けて

「夢について語る」というテーマで講演させてもらいました。

今回はその時に僕が振り返ったことを文章に起こしてみました。

心を整える良い機会を頂いた澤田さんに感謝しています。ありがとう。

『2年働いたニトリを辞めて、僕が4/1今新しく働き始めた仕事。

それが現在働いている障害者自立支援協会だ。

大学を卒業してからこれまでのこと

僕は西南学院大学の社会福祉学科を卒業した。

その時の学びが人生を変えたのかもしれない。

元々は両親の影響もあり学校の先生になりたくて

福岡教育大学に落ちて、その夢を諦めていた。

だけど就職活動を機に将来の夢について考えた時に、

生きているけど寝たきりできつそうな方を見た時に

生きているのであれば健康な状態で生き抜く人が増えて欲しい

という想いで製薬会社のMRを目指した。

ただ、友人が受けていたニトリで選考が進む中で健康になるためには

家庭での食事、教育が重要で、

そのために家族が集まる場を作りたいと思った。

しかし、その後4年生に入部した取材サークルでかっこいいと思える大人。

人との出会いが進路を変えた

仕事を楽しむ大人に出会う中で社長になりたいという想いと、

障がいのある息子がいる母親の

「自分が死ね時に息子が心配で、一緒に天国に連れて行きたい。」

という言葉を授業で聴いた時に、

障害者を雇用に大きく貢献する会社を作りたい。

いきいきと働く会社をつくりたいと思った。

チョークを創る会社や黒猫の小倉社長の本を読み感化されたし、

社長の想いが見えないものが見えるサービスとなり

今私たちの前に現れていることを感じ突き進み始めた。

30歳の時に起業して35歳に雇用できる体制を整えたいという期限を決めた。

ただ去年の11月に現在の代表が4/1より障がい者を雇用し

高齢者の問題を解決する会社を立ち上げるという話を話を聞くと

自分が将来したい形に近かった。

はやいけどやりたいと思った。

言い訳は沢山浮かんだ

恐怖はもちろんあった。

失敗したらどうしよう。

まだ経営する力がない。

資金もない。

言い訳はたくさん浮かんだ。

けどあの時に動いていれば良かったなど、後悔はしたくない。

最後に背中を押したのは

知覧特攻平和会館での先人たちの手紙で僕たちに残す想いを受け取ったとき。

これから日本だけでなく世界を変えていくような優秀な人たちが、

大切な人を守るために後世の人たちが自国を愛せるようにと残した今。

僕は自分のことしか考えていなかった。

その姿を天国から先人の人たちが見たときに

「俺らはこんな奴のために命を使ったんじゃない」って思って欲しくなかった。

何のために今生きているのかが、ほんの少しだけどそのときわかった気がした。

選択を正解にする覚悟

どちらの道を進むにしても正解にする。

『選択を正解にする』というサークルの言葉をテーマに生きてみようと思った。

今は本当にやりたいことをやれていると思っているし、

スタッフの中でステップアップして自分がやれることを魅せたいなどの声を聞くと更に心が熱くなっていた。

自分ができることは何だろうかと常に自分を振り返る。

この時間を取り毎日とにかく半歩でも進んでいたい。

この人たちの為に日本一の環境の会社を作りたいと思うようになっていた。

今から道をつくる。

描いた絵が現実で見れるように。

これからが勝負。

綺麗ごとでは終わらせない。

これまでNPOで上手くいかなかった事例もたくさんみてきたから。

失敗から学び、繰り返さない。

逃げない。

諦めない。

言い訳をしない。

責任をとる。

何をしたいか決まったからあとは前をしっかり見て進むだけだから。

一人では成し遂げることはできなければ巻き込んでいく。

きっとこの問題は一人の抱えている問題ではないから。

スタートラインにようやく立った感覚。

走れるはず。

イメージは描くことができたから。

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