RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

そもそも失敗は悪いことなのか?@失敗百物語

皆さんは、最近失敗したことはありますか?

僕は、1日1個ぐらいは失敗しています。

失敗百物語というイベントに参加してきてました。

失敗百物語とは、百名の失敗を聴くイベント。

毎回2名のゲストが自分の過去の失敗を赤裸々に語り

その後、参加者がゲストに質問をしていきます。

今回は失敗に関するイベントに参加して気づいたことを紹介します。

失敗は悪いことなのか?

失敗とは悪いことなのでしょうか?

もちろんしたくないものではあるでしょうが

自分自身で全てを背負み、

命を落としてしまうというニュースを見るたびに違和感を感じていました。

僕は人に危害を加えない失敗以外は悪くないと考える派です。

大事なのは、その後でしょう。

今回の企画の意図にすごく共感したのでまずは、意図をシェアしますね。

企画の意図

企画の意図は2つありました。

1,失敗を肯定・許容する文化をつくること。

2,そして失敗から学ぶ文化をつくること。

失敗には二種類ある

そもそも失敗とは何なのでしょうか?

今回、イベントでは失敗に二種類あると定義されていました。

能動的な失敗と受動的な失敗です。

前者は何かにチャレンジした結果としての失敗であり、後者は選択しなかった、行動しなかった結果としての失敗です。

前者は、褒められてもよいものとして捉えられることもあります。

それでは後者は否定されるべきなのでしょうか?

ここで一つ目の許容について出てきます。

僕はこの一つ目の意図に非常に共感しました。

しかし一方で、後者も否定されるべきものではないと思っています。
社会として、どのようにしてその部分を受け止めるのか、ということを考えています。

失敗したら責められる、社会から脱落したら這い上がれない、常識から離れると叱責される。
その固定観念をゆるやかに瓦解させていくことが、一つめの目的です。

実際に、選択しなかった失敗について聴くと共感することがいっぱいありました。

自分の中でも過去の失敗を思い出して、心のゆらぎに生まれました。

伝え方や自分本位で困らせてしまったことなど、

今、振り返っても失敗としか捉えられないことはあるんです。

誰しも失敗するんです。

あの羽生結弦くんでもアイススケートで転んでしまうこともあります。

大事なのは、なぜ失敗したのかに目を向けること。

直視するのは苦しいですし、人のせいにするほうが楽です。

ただ、その失敗にその人らしさが詰まっているような気がしました。

他者に迷惑をかけてしまい、

それが故意だったとしても、その失敗は悪くないかと聴かれると許容・肯定は、今の自分には難しく

まだモヤモヤする部分もありますが、そこについては今後も考えていきたいと思います。

おわりに

イベントに参加する前は、失敗=悪いというイメージがありました。

子どもには失敗させないように未然に防ぎ

大人になっても、失敗とは言わずに無理やりポジティブに捉えたりする。

確かに必要な時はありますが、

失敗と認めて、

今回みたいに話せるともっと楽になるんじゃないかなって感じました。

自分の失敗だけでなく、

他者の失敗にも許容して一緒に考えていくような人でありたいですね。

企業や家の2つしかコミュニティがなく、想いを吐き出せずにいる人のために

こんな話が気軽にできるコミュニティが幾つもあればいいな。

僕もリアルやオンラインで作っていきます。

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