RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

ご近所さんから夏野菜のお福分け。分け与えられる人になろう

鳥取に引っ越してきて早くてもう一か月が経ちました。

職場からは車で30分ほど掛かりますが

用瀬という地域に住むことができて本当に良かったと感じる次第です。

朝、ランニングをしていると町で出会った人から声を掛けてもらいます。

立ち話をゆっくりしたりとゆっくりと出来る人が多い気がします。

優しい人が多いんですよ。

夏野菜のお福分け

昨夜は仕事が終わって家に帰ると隣の家の人が訪ねてきました。

なんだろう?と思って、玄関口を開けてみると

袋いっぱいに詰まったナス・ピーマン・きゅうり・獅子唐。

さらには、スイカまでいただきました。

それも採れたてらしい。

その日にスイカを食べたのですが、甘くて美味しかったです。

分け与えるということ

福岡にいるときは、

引っ越してきたタイミングなどで挨拶で手土産を持ってきてもらうことはあった。

同じく自分自身も隣に住んでいる人に何かをプレゼントするときってその時ぐらいだ。

家族でも友人でもない隣人に対して、僕は何かこれまで与えることができていただろうか?

と考える。

否だ。

すれ違う時に挨拶はするけど、

隣人が喜ぶために何か届けようという心はなかった。

見返りを求めることなく野菜を分けてくださった隣人から

もらったものは野菜だけではなかった。

喜び、嬉しさ、いろんなプラスの感情を受け取っていました。

今日は職場でも夏野菜をいただく。

ナスでかすぎ!

お裾分けとお福分け

お裾分けの語源をたどると

物を分けて人に贈ること。

とある。

上の身分の人が下の身分のものに裾を与えるというものだった。

だから、目上の人にはお裾分けという言葉は使わない。

そのような場合はお福分けという言葉を使う。

これまでお福分けという言葉を知らなかったわけだけど

お裾分けよりもお福分けの方が気持ちがいい感じがする。

どれだけでも自分の福を自分の元に置いておくのではなく

自分のこれだけあればいい量を知って、

余った分は自分にある福を隣の人に分け与える。

もらえる幸せも与える幸せもどちらもできる人が

本当に豊かになるし、そんな連鎖が続くから

優しい人が多いのだと思う。

僕は隣人にどんなものをお福分けできるだろうか?

これから続く生活がまた楽しみになった。

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