RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

「あの葡萄は酸っぱい」と言って諦めるのは、もう辞めよう

葡萄を食べようと思ったけど、手が届かなかった時に

「あの葡萄は酸っぱいから手に入れても美味しくないよ」

と言って、諦めたキツネがいたそうです。

もちろん食べてみると甘くて美味しい葡萄なのに、

できないことを自分で認めたくないから

諦める自分自身を正当化してしまうというイソップ寓話です。

これに似た経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか?

この企画を実行してもどうせ、失敗するだけだ。

とか。

あの人には既に好きな人がいるから無理だ。

と正当化して、逃げ続けた先にどのような未来が待っているでしょうか。

他の人は騙せたとしても、自分を騙し通すことはできません。

待っていればいつか誰かが与えてくれるほど

葡萄のように世の中は甘くもありません。

今回はこの正当化をし続けることで起こる

マイナスのスパイラルから抜け出すための方法を

一冊の本からヒント得ながら考えていきます。

宿命と解釈する力

「心の資産を高める生き方」という本で著者の加藤諦三氏は

いま味わっている苦しみや不安や恐怖感は、

自分の成長のためには意味があるのだと認識することである。

つまり解釈を変えて乗り越えていくことでしか、

その正当化して逃げ続けるスパイラルからは離れられないということです。

自分が無力であるということを認識することはとても辛いこと。

僕は今でも無力さと向き合いながら生きています。

一度、正当化せずに葡萄を食べてみよう

だけど、その辛さや不安を味わいながらも

頑張って葡萄を一度食べるてみることを僕はオススメします。

酸っぱいと正当化していたものを味わってみると、

本当は甘かったり、苦かったり別の味がすることがあるからです。

その真実を知ることで、また新しい物事のミカタができるようになりました。

僕は2年前、「ねんパラピック」という企画を

クラウドファンディングを通じて達成させました。

葡萄を食べることを決意したのです。

クラウドファンディングはプロジェクトを達成させるために

お金を支援してくださいというものです。

「お金を支援してください。」

とお願いをするということは、

『人から嫌われることだし、

このプロジェクトが成功してもそんなに意味はないことだ。』

と辛いときは、正当化して辞めようと思ったこともありました。

やはり離れていく人もいました。

だけど、応援者も現れました。

そして、プロジェクトを達成させたときに喜んでくれる人がいたのです。

仲間もそのことで沢山増えました。

これは、自分が最初に思い描いていたよりも沢山のことを経験させてくれて

感謝の気持ちでいっぱいになりました。

辛い経験も、「こうやって依頼すると不快に感じるか」

と今となってはプラスに捉えることができています。

その苦さがワインを生み出すかもしれない

葡萄の苦さがワインを作ったように

もしかしたら、正当化した時のように酸っぱい結果に終わるかもしれません。

だけど、その酸っぱいという味以外にも何か違う味も含まれていることが多いのです。

その葡萄が苦いということも。

ワインがどのように生まれたのかはしりませんが、

苦い葡萄をこれもいいじゃないかと好転させたのが始まりかもしれませんし。

世の中にはやってみなければ、分からないことばかりです。

そのチャレンジをして得た経験は決して無駄にはなりません。

本当にやりたいと思ったことであれば、

正当化せずにとにかくやってみること。

究極な話、失敗して死ぬなんてことは

よほどのことがなければありませんから。

フランシス・モレノによるUnsplashの写真マハ・ペトリック

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