RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

ただありのままを観る。歴史とは必然ではなく偶然

偉人講座に向けて、ハンス・アスペルガーに関する書籍を読んでいる。

全貌がようやく見えてはきたけれど、知れば知るほど何が正しいのかわからなくなる。

それでも、起こった事実は必然的に起こったものではなく、偶然が偶然を生み、そして積み重なってできたものなのだと感じている。

第2次世界大戦のときのオーストリア。

ユダヤ人であることや障害があることで人が裁かれていた。

今の価値観では、驚くようなことだけど、それが当たり前のようになされていたのだ。

そんな時代から生まれたアスペルガー症候群。

1990年代に流行、2018年アスペルガー症候群は診断名から消えた。

今回はそのような背景に迫りたいと思う。

アスペルガー症候群の生まれた背景

社会で活躍できるかどうか、コミュニティで他人と共存していけるかをより重視されていた時代。

そこでの役割を果たせない人たちはレッテルを貼られた。

ユダヤ人はお金や地位を剥奪されるなど社会的に殺されて、そのあとガス室などで殺された。

また子どもたちも同じように障害があることで殺されていたのだ。

それも両親が懇願して、医師に死を求めたこともあったという記述も残っている。

そんな時代のなかで自閉的精神病質(のちのアスペルガー症候群)は生まれた。

ハンス・アスペルガーは、
「彼らは人よりも劣っている部分があるだけで、優れているところが顕著にある」

といい、守ったと言われていた。

小さな教授たちと言って、ナチスに引き渡すことを拒んだという。

診断によって子どもたちを救おうとしたのだ。

同時代にレオ・カナーという自閉症を世に出した人物は、心が壊れている病気でネガティブな要素しかないと言った。

また、その病気は発症すると同じような症状に見舞われると診断した。

しかし、アスペルガーは年齢を問わず、それぞれの個性によって異なるものとした。

ナチスから守るために生まれた素晴らしい一面に目を向けさせるために生まれたという説があった。

子どもたちの運命を決めていた

ただ、最近見つかった論文では、アスペルガーという人物はナチスに関与して、重度の障害がある子に関しては安楽死にする施設に送ったという。

そうでもしなければ、アスペルガー自身の医師生命だけでなく命も狙われる恐れがあったからという説もある。

ドイツ語で書かれていたためレオ・カナーが記した論文よりも後に見つかったアスペルガーの論文。

自閉症には、何も希望がないものとして診断されていたので、ポジティブな面が紹介されているところに希望を見出した人がでてきた。

そこからASDが生まれた。今の世の中にとってプラスになるキッカケを与えたのだ。

しかし、第2次世界大戦時のアスペルガーの子どもを安楽死へ追いやった史実などが見つかり、アスペルガーという診断名は世から消えた。

死に追いやったのは、果たしてアスペルガー意志なのか?それとも社会・時代によって仕方がないもなのか?

葛藤は尽きない。

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