RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

希望のある日々と安定した生活の間

9月に突入した。

残り今年も4ヶ月。

平成最後の夏が終わろうとしている。

先日、福祉職で頑張っていた先輩から転職したというメッセージが入った。

福祉職は給与が低く、30代に入るタイミングで転職を考え始める人が多い。

やり甲斐はあるけど、家庭がある。

子どもの将来のことを考えると夢だけでは生活できない。

そんな壁にぶち当たる。

これから人がどんどん減っていく。

それに伴い、人が足りていない福祉では、より人が求められる。

これは福祉に限った話ではなく、農業や漁業などの第一産業なども同じ状況だ。

僕は、福祉という道で挑み始めて気づけば6年が経っていた。

福祉職でも収入をきちんと確保できるような仕組みを作るとともに

障がいがあっても自分がしたいことを選べる世の中にしていきたいと考えていた。

失敗の連続で全く仕事もなく、何度も挫けそうになった。

挑戦していると仲間もできて、語り合えて希望が少しずつ見えてくる。

やりたいことをやっていて羨ましいという言葉を後輩からもらえるようになった。

西南学院大学の社会福祉学科の学生で福祉の道に進んだのは、2割。

自分が活躍することでやりたい仕事の一つになっているかもしれないことが喜びに変わる。

いつまで希望を見続けるのか

機会があって、鳥取の障がい者の工賃を上げるプロジェクトに参画した。

ここでのプロジェクトが成功すれば全国にも展開できるかもしれない。

企業様の人不足の解消と障がいのある方の仕事を作れるという仮設を立てた。

売上は確かに上がったけど、いま物流や人間関係でいろいろ壁にぶつかっている。

想像もしていなかったことが起き、自分にはその対処をするほどの能力もなかった。

メンタルは、ボロボロになりかけていた。

いま個人事業主としてサポートしているけれど、にっちもさっちもいかず、突破口が見つからない。

どこかで依存心があったのだろうと気づいた。

福祉の道でやっていくと決めたけど、その業界でやり続けなければならないと義務化していたようだ。

希望を持ち続ける日々。

でも、そのいつかはいつやってきるかはわからない。

これまでは、がむしゃらにボールを打つようにチャレンジしてきたけど、

もっと現実を踏まえたうえで計画を立てながら、

慎重さを持ち合わせていくことも必要なのかもしれない。

安定して仕事があって、ボーナスもあり、地元で働く。

安住することは決して悪いことではない。

そこで何かを諦めないといけないとしても。

過去決めた決断に囚われることがいいことかどうかもわからない。

小さな勇気を持って向き合う

悩んだ時に、よく手にとる山田ズーニーさんの言葉が刺さった。

どこかで社会に責任転換して逃げようとしているのではないだろうか?と。

本当にいま起きているトラブルを観ようとしていたのか。

調べ行動しつくして、もう何もすべき手段がないのか。

希望をなくしては、果たして死ぬときに後悔が残るだろう。

もっと選択肢を観て、希望を持ち続けながらも、自分の力量で一度成長させる道を選ぶのも一つだろう。

いま、インターネットが普及して、やろうと思えば、仲間と繋がっていくことはできる。

今まで、面白そうなことに飛びつきまくっていたけど、

腰を据えて今、目の前で起きていることを自分ごととして丁寧に向き合っていきたい。

自分の日記のようなものになってしまい、支離滅裂だけどいまの気持ちを残しておきたかった。

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