RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

お金をかけなくても、アイデアで世界は変わる。路上生活者を社会復帰に導く一手とは?

お金がないから、この問題は解決できない。

と、諦めてしまうことはないでしょうか?

確かにお金があれば、選択肢が沢山広がります。

しかし、お金がないとできないというのは思い込みかもしれません。

そう強く感じたのは、とある記事を読んだからです。

「ものごい」をしていた人がお金ではなく、アイデアで変えたエピソード。

路上生活者を社会復帰に導く一手

ものごいという行為は、自尊心を下げてしまう行為で社会復帰を妨げてしまいます。

人からお金をもらい、そのお金で生活をするということ。

割り切れる人はいるかもしれませんが後ろめたい気持ちになる人はいます。

では、この路上生活者を社会復帰に導いた「ストリートディベーター」という職業はどのような職業なのでしょうか?

ストリートディベーターとは

wiredの記事では、このように紹介されていた。

ストリートディベーターは路上で問題提起をし、硬貨の重さによって世論を可視化する職業である。これは、路上での「ものごい」に代わる行為でもあり、自尊心を損なわずにお金を稼ぐことができる。

たとえば、「ベーシックインカム — 賛成/ 反対」という質問が書かれたボードを準備し、それに対する2つの回答を書き込める天秤型のツールを使って、通りすがりの人々に投票を呼びかける。ディベートを通して天秤の皿にお金が“投票”されることで、世論がその傾きとして提示される。道ゆく人と友好的な対話を通じて、路上生活者の自尊心を守り、社会とのつながりを取り戻すことを目指している。

ただ、お金を入れてくださいではなく、お金を入れることに価値を持たせるというアイデア。

議論したい人にとって魅力的なイベントになりますよね。

僕も、このような問をかけられるとお金を入れてついつい話したくなるでしょう。

費用で掛かるのは質問を書いたボードぐらい。

いまの社会に求められているものとは

記事のなかで共感した言葉がある。

それは、

小さな問題解決を試みることは問題への新たな理解を発生させる。状況への介入により得た新たな理解は、「ホームレス」や「移民」といった意味する人数が多いラベルへの理解を、その顔が見える解像度にまで高める。対象の属性をひとくくりにして問題を議論をすることは簡単だが、その問題を表す大きすぎるラベルのなかに、実は多様な人がいることを、わたしたちは忘れがちだ。

対象属性を一括りにしてしまうというのは、本当に怖いこと。

例えば、障害であれば、

「Aさんという精神障害者がこのような特性だから全体も同じだ」と勘違いしてしまう行為に近いんですよね。

個人によって生活環境も異なる部分はあるし、抱えている問題は違う可能性があります。

そして、一度の取り組みで全てを解消することは難しいということ。

これをやれば、あとは大丈夫ってことなんてほとんどないはずです。

何かを解決すれば、また違う部分から新しい問題が見えてくる。

それでも、認知されて世の中で理解されていくことは小さくても大きな一歩になります。

いまの社会に求められているのは、大きな主語に向けたトップダウン式の問題解決ではなく、小さな部分解の試行錯誤の集合体ではないのだろうか。

いま、何か解決したいことがあれば、ぜひ取り組んでほしいです。

そのチャレンジの試行錯誤が世の中を良い方向に少しずつ導いていきます。

Photo by louis amal on Unsplash

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