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「偏信」を捨て、「兼聴」せよ!黒田家の掟書から学ぶトップの心得

トップに立ち権力を持ったり、何かに成功すると傲慢な人間に陥りやすい。

自分の考えだけが正しく、他者からの意見を聞き入れなかったことで

組織が崩壊するなんてことはよくあることだ。

山本七平氏の著書「帝王学」には

これまでトップになった人の明暗を分けたものが何かを紹介している。

その中でも印象に残ったのは、「偏信」を捨て、「兼聴」せよという章。

偏信というのは、自分の都合の良いことだけ聞くこと。

兼聴というのは、一人の意見だけでなく別の反対の意見も聞いて判断するということ。

偏信は、いわゆる裸の王様。

服を着ているなんて逆上せて、

周りも気を使って本当のことを言わずに破たんするなんて、、

絶対に陥りたくない状態だ。

中国では優秀な人が国を想い提言したにも関わらず、

自分の方針と違えば切り捨てたという。

結局、国は滅び、何も良いことなんてない。

今回は、偏信して滅びてしまうなんて状態に陥らないために、

過去の偉人の事例を紹介し、実行できるよう考えていく。

権力の毒

権力の毒というぐらい、権力は人間を麻痺させて堕落させるものである。

人間的魅力の研究という本で伊藤肇氏は説明している。

二・二六事件の時の総理だった岡田啓介氏は

「総理になると3つものが見えなくなる」

と言っている。

1つは、「お金」。

権限で存分に使えるため価値がわからなくなる。

2つ目は、「人」。

耳に逆らう意見が完全に聞こえなくなる。

そして真実が見えなくなるのだ。

3つ目は、「国民の顔」。

どちらを向いて政治をやっているのかわからなくなるそうだ。

経営者だったら、従業員や顧客の顔になるかもしれない。

では、偉人たちはどのように自省していたのだろうか?

黒田家の掟書

大河ドラマでもお馴染み、黒田家では偏信にならないためにある掟書があった。

それは、一か月に三度、必ず「小身の士」を呼び出して、苦言など意見してもらうのだ。

どのようなことを言われても腹を立てないことが決まり。

言葉に集中して、真っ新な状態で聞き入れて組織に活かしていた。

自分の軸を曲げないのは大切だけど、固執し続けるのは違う。

最新情報が詰まった、現場の情報は判断するうえでも欠かせない。

聞き入れられないのは、組織よりも自分の欲が勝っているのだろう。

自己中心的になると、どんな情報も入ってこなくなってしまう。

渋沢栄一の兼聴

もう一つ、偉人の習慣を紹介したい。

渋沢栄一も偏信を捨てるために、兼聴を心掛けた人物である。

渋沢栄一は明治・大正を代表する財界のリーダーだった。

裸の王様になってもおかしくない立場だったのに渋沢栄一は違った。

庶民が訪ねてきたら、喜んで会い、何でも聞き

必ずその内容を記録係に記録させたそうだ。

兼聴に務めたからこそ、常にリーダーとして国を牽引していけたのだろう。

兼聴するためにできること

大事なのは、歴史から学ぶこと。

お金や権力を持つと、いつの時代もその甘い汁を分けてもらおうといろんな人が寄ってくる。

必要な情報を取りに行くことは必要。

ただその時に、自分にとって都合の良い情報だけで判断してはならない。

若い人からの意見も最たるもの。

少し自分のほうが長生きしているからと言って、

学ぶことがないと決めつけてかかると時代に取り残されていく。

僕は先日、学生さんと話して、テクノロジーに関する感覚が自分よりも圧倒的に早くて驚いた。

もちろん年配者からの情報も同様である。

耳に痛い情報だとしても、客観的に冷静に判断できるように

出向き、そして同じ立場で話し合おう。

感情的になって否定すれば、

その人から二度と本当の情報は入ってこなくなることを覚悟して。

いつまでも兼聴できる人間でありたい。

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