RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

自分の幸せと他人の幸せを同時に実現していけるのだろうか?

昨日は、大学生のときに所属していた陸上部のマネージャーの結婚式に参列した。

終始和やかで、温かい空間に包まれていた。

保育士をしているので、先生方の余興や子どもたちが踊っているムービーが微笑ましかった。

30歳にもなると、結婚式が珍しいものではなくなった。

そのためか一時期は、他の式と比べてしまっていることもあった。

だけど、いまはその人の幸せがただただ嬉しく感じられるようになってきている。

他人の幸せを自分の幸せと感じる理由

特に今回の友人からは、たくさんのサポートしてもらって感謝しきれないからかもしれない。

僕たちが練習する時に、給水してくれたり、タイムを測ったりしてくれた。

それだけじゃなくて、試合でも応援してくれたり、筋トレにも付き合ってくれた。

僕が返せるとしたら、いいタイムを走って、自分が成長することだったかもしれない。

それでもマネージャーを僕が当時したいかというとそうはならなかった。

他人の成長を自分が喜べる余裕が全くなかったからだ。

自分のことばかりを考えていたのだと思う。

相手が自分のことを好きになってくれるのを待っていたのだ。

だから、マネージャーを自らする人の気持ちがあまり理解できなかった。

その人のことを自分が好きだと思えるから

いま人が幸せを感じている瞬間を素直に喜べるときがあるのは、

いろんな経験をして自分事としてわかる部分が増えてきたからかもしれない。

あとは、その人に感謝して好きだと思っているからだと思う。

もちろんそれは恋愛感情とか関係なくて。

持ちつ持たれつ。

マネージャーの友人のように次は自分が他者の幸せのために働きかけたいと式で幸せを噛み締めながら思った。

きっと他人の幸せと自分の幸せが重なることってあるはず。

式場をあとにするとき、感謝の気持ちに包まれていた。

自分の幸せと周りの人の幸せのバランスを保ちながら生きていける道を見つけたい。

自分を犠牲にすることなく、人の幸せに貢献できるような生き方。

喜びに溢れた人生をいろんな人とつくっていきたい。

まずは自分から人を好きになりたい。

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