RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

北風も時によっては必要。寓話は多面的に観るべし

日本昔ばなしやイソップ童話などの物語は、多面的にみるべし。

これが今回の記事の結論だ。

ウサギとカメ。

アリとキリギリス。

北風と太陽。

桃太郎と鬼。

どの話も日本だと、どちらが勝者が決まっている。

努力・真面目・優しさが大事。

そのキーワードが書けているやつは悪役・だめなやつといういう印象を持っていた。

だからなのか、このエピソードを持ち出して注意されると、そうだねとしか言えなくなる時があった。

そうじゃないかもと思ったのは、東洋経済オンラインの記事。

北風も時には必要

いくつかの寓話を紹介しながら、教訓を説明している記事。

最初に書かれていたのが、北風と太陽のこと。

この話の教訓は、何事においてもそのつど適切な手段を選ぶことが肝要であるということだ。旅人の帽子をとるには北風が適していた、上着を脱がせるには太陽が適していたということだ。要するに臨機応変の大切さを説いている。

僕のなかでのこの話は、太陽が勝った。

だから、北風のやり方は相応しくない。

というものだったけど、違う味方ができたことが新鮮だった。

そう考えると、他の物語も今の時代だったらどうだろうか?

と違う味方をするのは、全然OKだと思う。

アリとキリギリスだって、今の時代であれば遊びが仕事になることもある。

HIKAKINもYouTuberやっているけど、遊んでいることが結果として仕事になっているのだ。

ウサギとカメも、確かに一回の対決を観るとカメは勝った。

だけど、失敗して学んだウサギは。

一つのエピソードを鵜呑みにしない

教育など、こういう風に子どもを育てたいという意向が物語を極端にする。

それは、水戸黄門のように正義と悪がハッキリとしていたほうが、わかりやすいから。

だけど、本当はその悪者にだって人生があるわけだし、良いところが全くないわけではない。

一つの目線から書かれた物語を鵜呑みにすると、

現実に接する中で、同じようにそぐわない行為をした人を排除することにつながりかねない。

いろんな在り方を認めようとするのであれば、

そういった背景を想像する力が必要なんじゃないかと思った。

だからイソップ童話は、言論の自由がない時代に書かれた物語。

その時代と今は全くではないけど、情勢は変わっている。

変わっていないところももちろんあるけど、

そういった点も踏まえて自分がどう思うかもしっかり持って、読みたいものである。

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