RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

痛み・苦しみを受け入れる。手術をして気づいたこと

長寿を楽しむために健康を求めたのに、一分の価値を知るようにと病気を賜わった

この言葉は、無名兵士の言葉だ。

僕は、今年のゴールデンウィークの前半、手術を受けて3日間入院していた。

どこの手術をしたのかは伏せるけど、

これまで生きてきたなかで一番大きな手術だった。

全身麻酔の前は、不安でいっぱい。

マスクから出る煙を吸い込んで意識が遠のいていく時に

起きれるだろうか?

そんな状態の時に、本で見つけ

そしてその言葉を噛み締めていた。

これまで親のおかげで丈夫に育ち、大きな怪我なんて全くなかった。

だから生きていること。

何も不自由でないことが当たり前で、

頭で健康というのは大事ってことは知っていたけど、

分かっていなかったんだと思う。

病院の入院している時間というのは、最初は苦痛でしかなかった。

普段できていたことが、何もできなくなった。

ご飯も持ってきてもらわないと食べられない。

トイレも行けない。

健康だった自分に執着している自分がいたのだ。

何もかも誰かにやってもらえるということは、

楽そうに見えて辛いことなんだと気づいた。

何も誰かのために役に立てずに過ごす時間というのは、嫌だった。

苦しみを受け入れるということ

入院して良かったことがある。

それは、苦しみを受け入れると前向きになれるということだ。

その状況を受け入れるまでに時間は掛かる。

なんで僕が、、、

最初、症状がわかった時にひどく落ち込んだ。

悩みに悩んで事実は変わらないのに自分を責めた。

だけど、その事実を受けれてみると世界が変わった。

妻が入院中にお見前に来てくれたり、

家族からのメッセージや看護師さんたちの配慮にも感謝の念が湧いてきた。

そして今、ブログで書きながら当時のことを振り返り、

何も不自由ではなく、好きな時間に体を動かせることや

仕事に打ち込み、チャレンジできることに有り難さを感じている。

自分が何をできるか考える

この先に、苦しいことは幾らでも待っているだろう。

その時に、周りのせいにしたり、お酒などで現実逃避することはできる。

ただ、辛いし大変だってことを受け止めながらも

どうすれば対処できるだろうか?

とか

何かいい兆しがないか?と問い良いところを見つける癖をつけたい。

起きている事象をどのように捉えるかが今を楽しめるかに大きく影響する。

1年後に「あの時は、大変だったよ〜」

と笑い飛ばせる日が来るはずだ。

感謝を忘れることなく、その瞬間瞬間を受け止めて、また歩きだそう。

きっと明日はいい日になるはずだから。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ