RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

Pizzaから幸福度について考える

Pizzaをどのように分ける?

日欧文化交流学院長の銭本先生に講義中に問われた。

それは、

「もし3人で1枚のピザを分けるなら、どのように分けますか?」

というものだ。

ピザ

皆さんなら、どのように分けるだろうか?

多くの人は120度ずつに切り分けると思う。

しかし、デンマークではほとんどの人がすぐにはそのように切り分けない。

Aさん、Bさん、Cさんがいれば必ず状態は違うのだから、聞くということからスタートする。

話しを聞いたところ、Aさんは満腹の状態、Bさんはお腹がすいている状態、Cさんが1日食事を抜いていて腹ペコな状態ということだった。

そしたら、均等に切り分けるだろうか?

きっと、Aさんには9/1ぐらい、Bさんには3/1ぐらい、そしてCさんには9/5ぐらいに切り分ける。

不必要な場所に分配せずに、本当に必要なところに分配したいという姿勢が小さい頃からの教育で身に付いていく。

驚いたのは、25%の法人税、消費税25%であるにも関わらず、国民では必要な人に行きわたるのであれば、

もっと多くても構わないという人が国民の中に何人もいるという事実があることだ。

それほど、再分配の納得する仕組みを国と国民で話し合って決めている。

 

幸福度について改めて考えてみた

ここで再度幸福度について考えてみたい。

福祉の仕組みや、利他精神など様々など幸福度には様々な要因があるけれど、

銭本先生はシンプルに将来に対して不安がないという点が幸福度につながっていると言う。

制度によって医療も教育も無料で享受することができる。また事故や障がいがあっても心配することがない。

日本では弱者への政策もまだまだだけど、国民が納税した時に恩恵を感じることがない。

自分が知らないだけかもしれないけれど。

日本の留学生は半年近くデンマークに住んでみて、そこに驚いを持ったみたいだ。

 

実際、日本にいて将来に対して不安を抱えている人は多いと感じている。

再分配の仕組みがまだまだ考えなければならないところがある。

幸福度の要因の一つは不安にさせない仕組みだ。

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もう一つは、考え方。

昨年、日本人の著者のとある講演で、

「顔の見えない誰かのために本気で頑張るというのは難しい。

だから頭の中で顔を思い出せる人をたくさん出会いの中で作りたい」

という話しを聞いたことがあった。

僕も共感した。難しいと思った。

でもデンマークで出会った人たちは違った。

何も飾らずに顔の見えない誰かのために想いを馳せて物事を考えていた。

難しいことを実現してしまっている姿がそこにはあった。

自分の頭で考えて選択し、その選択に対して責任を取ることができる幸せがある。

幼稚園や国民学校を見て、

自分の頭で考えて何かを作り出したり、1人でできないことは提案してお互いに解決するためにはと考えることができる。

今、起きている制度や法律は完成ではなくて、成長の過程だとみることができる。

なので、その決定はどの様な合意形成で成されたかに注目していた。

変化することは当たり前のことで、そこにどのように参画しているか考えることができる。

やはり、歴史がなぜそのように動いたのか考えている人は多かった。

だから選挙の投票率は必然と高くなる。

国や誰かに責任転換や、不満をこぼしたりしない。

選んだのは自分たちだからと考えることができる。

知識に関して言えば、デンマークでは国民も政府もIQは世界的に高いとは言えない。

でも国家と国民が一緒に考えていくという点においては、他の国を比較してみないとなんとも言えないが日本よりは遥かに意識されていると感じた。

福沢諭吉も学問のすすめで言っていたが、国家と国民は鏡のようなものだ。

そうだと思う。

政治からは何も変えられないと決めつけるのではなく、

国の意思決定に関して関与していかなければならないと思う。

他力本願で他の人の意思決定にただ従うだけでは、きっとお互いに責任転換しあう。

悪循環が生まれる。

改善するためには、形式もだいじだけれど意識に如何に自分自身につけられるかだと思う。

文化は違えど、考え方や危機感を感じることができた。

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2 Responses to “Pizzaから幸福度について考える”

  1. k より:

    なるほど。

    制度以上の徳を国民らが持つことが大事だね。

    • toshihikonakao より:

      Kさん
      まずは箱ではなく、中にいる人だと再度実感しました。
      徳は必要不可欠ですね。

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