RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

西日本記録的大雨。降り続く夜に想うこと

2018年7月6日から西日本では記録大雨が降り続き、災害が起きている。

僕がいま住んでいる鳥取県でも大雨で川の水かさが増し氾濫していた。

土砂降りの雨が降る中、外では道を整備されている方が遅くまで安全のために動かれていた。

ニュースでは、消防隊員の方が救出活動にあたるなかで流されたと聞いた。

車だけでなく、家も浸水や

家族の安否が確認できずにTwitterで捜索を呼びかけている方もいた。

そのなかで何もできずに自宅で待機している何もできない自分にもどかしさを感じる。

3.11のときもそうだった。

東京駅で地震にあい、それから自分が助かることを考えることしかできなかった。

中には自分のことよりも一つでも多くの命を助けるために動いている人がいることを知る。

自分は死なないと根拠なく思っているけど、大きな自然のまえではどうしようもない。

大切な人でさえもいつ自然に巻き込まれるかもわからない。

無力さを感じながらも、改めていま生きているということが奇跡であると実感している。

本当に何かできることはないのか?

そんなとき、子どもたちを洞窟から救出をするためにイーロン・マスクがエンジニアを派遣したことを知った。

僕は洞窟で子どもたちが発見されたことは知っていたけど、自分は他人事だった。

自分には助けることができないと、可愛そうと思いながらも3秒後には自分のことを考えていた。

確かにイーロン・マスク氏のように財力もないし、

助けられる方法も知らないから何も役に立てないかもしれない。

だけど、スキルや財力ができないことが問題なのだろうか?

本当に何かできることはないのだろうか?

脱、無関心

マザー・テレサは愛の反対は無関心といったが、まさにその状態になっていく自分が怖かった。

いま起きている震災も自分は無力ではあるけれど、何か動けることがないか考えたい。

本当に当事者意識を持って考えれば微力であってもあるはずだ。

調べて、自分ができる最善のことを考えて動こう。

その小さな行動が少しでも誰かの安心につながることを信じて。

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