RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

見栄でリアルは充実するのか?

自分らしい生活を過ごす中で感動したもの等を写真で共有するインスタ。

今やインスタ映えする写真のために行動が生まれているという。

そして、リア充アピール代行サービスが大盛況らしい。

#闇 レンタル友達大盛況。平成女子が「リア充代行サービス」を使う理由

インスタグラムには日々、いかにも毎日が充実していそうな「キラキラした写真」が競うように上げられる。しかし、撮影の「裏側」までキラキラしているとは限らない。「いいね!」欲しさに撮影に奔走する裏側に…

リア充アピール代行サービスとは?

1名あたり2時間8,000円で

自分がリア充であるように見せることができるのだサービスだ。

例えリアルが充実していなくても、

人にはリア充と魅せたい欲求があるんだろう。

行為の目的が自分の生活を

『見世物にする』ことになっているようだ。

少なからず以前は僕にも似たような強い欲求があった。

見栄でリア充は続かない

僕は大学生の時に、

取材サークルでよく経営者の方に取材へ行っていた。

それまで大学生かバイト先の人としか会っていなかったから

経営者に会えているという自分自身に優越感があった。

だけど、実際にすごいのは、その経営者であって

自分が何か変わったかというと

ほとんど変わってはいない。

経営者の人たちが集まる飲み会へ行っても、

最初は「大学生なににすごいね〜」

なんて言われるけど、相手にされるのは最初の5分だけ。

その後は、経営者同士で蜜の濃い話を繰り広げていた。

周りの友人からは、経営者の人たちと一緒にいるなんてすごいな!

なんて声を掛けられて一時は嬉しかったけど

自分はよく知っている。

実態が伴っていない状態に。

すごく悔しくて嫌な気持ちがした。

世間から見るとリア充でも

本当は充実していなかった。

Photo by Hưng Nguyễn on Unsplash

身の丈に合った幸せを

暗くなるような投稿よりも笑顔で楽しくの投稿の方がいいけど、

世間体のために作られた充実で本当に満たされるのだろうか?

他の誰よりも私は充実しているという欲求よりも、

登山の時に交わされる挨拶や

見栄えは悪いけど、

一所懸命に作ってくれた手作りのクッキーの方が良い。

自分の身の丈に合った幸せを見つけていた

僕には合っている気がする。

このサービスをきっかけで

一時の凹みは解消されると思う。

けど依存し続けていると

自分の幸せが世間にどう見られかに

左右されてしまうようでならない。

どんだけ地味で、1人であっても構わない。

分かり合える本当の友達を探すために行動して欲しい。

そこから得られる充実が

自分の人生を豊かにしてくれるはずだから。

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