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ソクラテスカフェで脳に汗をかく!人は他者と分かり合えるのか?@天神スタバ

朝は4人でソクラテスカフェ。今回で3回目を迎える。

ソクラテスカフェとは

一つの答えの出ない問いに対して考え続けるという企画。

ソクラテスは問いに対する答えをもとめる過程を常に大切にし、

明確な答えがないものについて問いかけ市民に問い続けた。

なぜなら、ソクラテスは、人が考えることの重要性、

そして答えられないまで問答を繰り返してのみ到達可能な

「問答者が自らの無知を自覚すること」

の重要性を説いていたからだ。

この朝の企画は、ソクラテスのように問いに挑んでいきたいと思っている。

今回のテーマは「人は他者と分かり合えるのか?それとも分かり合えないのか?」

分かり合える派と分かり合えない派でわかれてまず考えて

その後、考えたことを共有していった。

最近で言えば、安保法案に決議で日本でも若者もデモを起こしている。

武器なんてなくても違う国同士分かり合えるという意見もあったけど分かり合うことはできるのだろうか?

今回は、分かり合える状態とはどのような状態なのか?

そして分かり合うためには何が必要なのかについて考えたことを紹介したいと思う。

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僕たちは分かり合うことができるのか?

今回は全員が同じ主張では面白くないので、

分かり合うことができる派と分かり合えない派に分かれてディベート形式で行った。

まずは分かり合うことができる派から。

それぞれ分かり合えている状態が何なのか定義してスタートする。

分かり合うことができる派の主張

分かり合えている状態というのは

相手が自分とは違うということ、立ち位置が違うということを認識できている状態だと考えた。

つまり、分かり合えないという状態は相手と自分の立ち位置が違うことを認識していないところから生まれる。

また分かり合えている状態というのは、全てを合意するのではなく、

ある共感した部分を基に同じベクトルに進んでいる状態をいう。

人は他者を通じてでしか自分を知り得ない

他者をわかる=自己をわかる ことを意味する。

わかるためには相手の国の文化や歴史を知り、情勢を把握し

互いの利害、妥協点を見つけ提案することができるのではないか?と考えた。

分かり合えない派の主張

分かり合うというのは他者と考え方が一致している状態を指す。

なので完全に分かり合えるということはできないと判断した。

人には日々バイアスがかかり続けているから自分と他者は分かり合えない。

バイアスというのは生まれてきてその人が積み上げたプライドや偏見、経験のこと。

自分が考えたことを相手に伝える方法は言葉・表情がほとんど。

意図は言葉がほとんどだけど、その言葉一つにしても

両方にバイアスがかかっているため完全に一致させることはほぼ不可能だ。

伝える方もバイアスがあり、聞き取る方にもバイアスがある。

英語やフランス語や日本語など、その国独特のニュアンス、意味を汲み取り分かり合うことは難しい。

現状として同じ法案に対して一つの国でも暴動が起きている。

別の文化の国同士が互いの利害を考えて一致させることはできないと考える。

 

まとめ

他者とは自分は違うということ分かり合えることはできるが

相手の考えを完全に分かる(理解できる)ことはできない。

なかなか落としどころが難しい。。。

次回は日本人特有の「間・リズム」について考えていく。

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