RUNNERS HIGH -福祉のミカタ-

悲劇とは何か?

最近、映画をよく観る。

ジャンルで言えばアクション映画よりもヒューマンドラマだ。

なぜか。

感情が揺さぶられる瞬間を求めているかもしれない。

アクション映画となると自分の人生とかけ離れたところにあるものが多いから

驚くことはあるかもしれないけど、自分に感情の起伏が訪れることがない。

ヒューマンドラマは、挫折や失敗の中で葛藤が訪れる主人公に共感を抱き

そのシーンを自分だったらと想像すると感情がこみ上げてくる。

ちょっと前だけどヴィクトル・ユーゴーの原作「レ・ミゼラブル」なんかはそうだろう。

僕は最初の5分ぐらいで泣いていた。
(主人公のジャン・バルジャンが初めて人の優しさに触れ、生まれ変わろうと決意するシーン)

そして終盤もただただ圧倒されて涙が自然と流れていたのだ。

ミュージカルでも観たけれども、感動するものだった。

悲劇について

小林秀雄さんは考えるヒント3の「悲劇について」という章では、
悲劇についてニーチェの言葉を紹介している。

悲劇は、人生肯定の最高の形式だ、と。

人間に何かが足りないのかが足りないから悲劇は起きるのではない、
何かが在り過ぎるから悲劇が起こるのだ。

否定や逃避を好むものは悲劇人なり得ない。

何も彼も進んで引受けるから生活が悲劇が起こるのだ。

僕はこの文章を読んだときに、なぜ何かが在り過ぎるから悲劇が起こるのか理解できなかった。

ただ、「何か」というのは貧困、病気、罪などの
自分の人生を不幸にしてしまうような「何か」と考えると腑に落ちる。

姉の子供のために1個のパンを盗んだ罪で19年間投獄されたジャン・バルジャン。

その後、仮釈放になるけれど世間の目は冷たくとても行きづらい状態だった。

レ・ミゼラブルは直訳すると「惨めな人たち」という意味らしい。

人生において、どうしても避けられない外的な要因もある。

それでもその状態を受け入れて、自分が変わろうと「今」を受け入れて
勇気を振り絞った瞬間から信念が生まれた。

たとえ、他人から惨めと言われたとしても、
大切な誰かのために命をかけて行動する姿は美しく感じる。

自分の人生が演劇だとして今、悲劇だとしたら。

どんな選択をするだろうか?

その選択に自分があれば、きっと自分の幸せを見つけることができるはずだ。

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